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2007/11/19 日記<豊田佐吉>
豊田佐吉
豊田 佐吉(とよだ さきち、1867年3月19日(慶応3年2月14日 (旧暦)|2月14日) - 1930年(昭和5年)10月30日)は、日本の実業家、発明家。豊田自動織機の創業者。長男はトヨタ自動車創業者の豊田喜一郎。甥はトヨタ自動車第5代社長の豊田英二(現・最高顧問)。孫は第6代社長の豊田章一郎(現・名誉会長)と第7代社長の豊田達郎(現・相談役)。
来歴・人物
遠江国山口村(現・静岡県湖西市)の農家に生まれる。父・伊吉は大工。1890年に東京での内国勧業博覧会にて外国製織機の設計を参考にして「豊田式木製人力織機」を発明。この「木製人力織機」はコストの安い木を多用して当時まだまだ高価だった金属類は必要最小限に抑えた為、当時主流だった外国産の機械より一桁安い価格で瞬く間にシェアを広げた(この無駄を抑える発想は後の『トヨタ生産方式』の原点となる)。1893年にたみと結婚し、翌年には長男喜一郎が誕生した。1896年「豊田式汽力織機」を発明。1897年に浅子 と再婚し、1899年に長女愛子(のちに「トヨタ自動車工業」初代社長となる豊田利三郎|利三郎を養子にむかえる)が誕生。1902年に豊田商会を設立、今日のトヨタグループの礎を築く。藍綬褒章を2回受賞した。なお、通説では1924年に「G型無停止杼替式豊田自動織機」を開発したとされるが、完成当時は三井グループの東洋棉花(後のトーメン、現在の豊田通商)系上海紡績のトップ黒田慶一郎の助力を得て1921年に中国・上海租界に設立した豊田紡績廠の経営に力を注いでいる。なお、和田一夫著の『豊田喜一郎伝』(ISBN 4815804303)によると、G型無停止杼換式豊田自動織機は、実は喜一郎が開発を手掛けていたとされる。1930年10月30日死去。享年63。
関連項目
*豊田講堂
外部リンク
豊田佐吉 | 近代日本人の肖像
豊田佐吉 トヨタグループ創業者
湖西市郷土の偉人・豊田佐吉
TOYOTA〜豊田佐吉記念館〜 - トヨタ自動車が設立。静岡県湖西市。
日本の墓:著名人のお墓:豊田佐吉
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