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2008/05/01 日記<トヨタ・ランドクルーザー>
トヨタ・ランドクルーザー
トヨタ・ランドクルーザー (Land Cruiser) とは、トヨタ自動車が製造する四輪駆動の自動車。世界で最も知名度の高いSUVのひとつ[http://www.edmunds.com/toyota/landcruiser/review.html]である。
概要
日本のクロスカントリー型四輪駆動車の先駆けとなる車両である。その耐久性は世界中で高い評価を受けており、「紛争あるところにランクルあり」と言われるほどである。日本放送協会|NHKをはじめ各放送局の取材車や中継車としても利用されている。なお、同タイプの日本メーカー製車両としては三菱自動車工業|三菱三菱・ジープ|ジープや、日産自動車|日産パトロール(現・日産・サファリ|サファリ)がある。「ランドクルーザー」という車名は、1954年6月より使用されており、2007年11月現在、一つの車名で継続生産されている日本製の自動車としてはもっとも長い歴史をもつ。(トヨタ・クラウン|クラウン、トヨタ・トヨエース|トヨエースよりも古い。)通称は「ランクル」。4ドアで大柄の車体を持つ「ステーションワゴン」、業務用途の「ヘビー系(ヘビーデューティー)」、そして、70系の派生車種であった、「ライト系(ライトデューティー)」と呼ばれるランドクルーザーII から発展した、「トヨタ・ランドクルーザープラド|ランドクルーザープラド」の、車格も仕様もまったく異なる、三系列のシリーズが並行して生産、販売されている。現在のステーションワゴンは、レクサス レクサス・LX|LX570の姉妹車でもあるV型8気筒エンジンを搭載したランドクルーザー200であり、ヨーロッパ|欧州など、仕向け地によっては車名がランドクルーザー アマゾン(Amazon)となる。ランドクルーザーの源流は、ワークホースとしてのヘビー系にあり、現行モデルの70系では、長大な車体を持つ78と79、4ドアセミロングの76のみの生産が続けられている。日本製のクロスカントリーカーとしては初となるV型8気筒のディーゼルエンジンを搭載し、世界各国に輸出されているが、日本国内では貨物登録(1、4ナンバープレート (日本)|ナンバー)であり、NOx規制法および粒子状物質|PM規制条例の影響により、2004年7月に販売を終了している。トヨタ・ランドクルーザープラド|ランドクルーザープラドは、トヨタ・タコマ|タコマ / トヨタ・ハイラックスサーフ|ハイラックスサーフとシャシ (自動車)|シャーシやエンジン、ドライブトレインの多くを共有するモデルで、2ドアのショートと4ドアのロングのバリエーションを持ち、V型6気筒|V6ガソリンエンジンと、直列4気筒|直4のガソリン、ディーゼルエンジンを積む。ランクルワゴンの伝統に則り、乗用車なみの装備を持つワゴンと、業務用途の簡素なライトバン|バンをラインナップしている。ヨーロッパ|欧州やアフリカでの名称には「プラド」は使われず、ランドクルーザーのみである。100系のランドクルーザーシグナスは、海外のレクサスブランドでレクサス・LX|LX470として販売されていたものを日本国内販売したものであったが、国内へのレクサスブランド導入に伴い、200系では廃止された。
前史
太平洋戦争|戦時中、トヨタによって少数が生産された、大日本帝国陸軍|日本陸軍四式小型貨物車こと「AK10型」四輪駆動車は、フィリピンで鹵獲された通称「ジープ|バンタム・ジープ」をコピーして設計された。その際、軍部から、識別のため「外観はジープに似せない事」とする旨の指示があった。機能がそのまま外観に表れるジープでは、それは容易なことではなかったが、生産型は資材の窮乏も伴い、簡易外装に一つ目ライトの、いわゆる「戦時型」となり、結果的にまったく別物の外観となった。「AK10型」はフロントにリーディング・アームのサスペンションを持ち、トヨタ・AE型乗用車|AE型乗用車のトヨタ・C型エンジン (初代)|C型エンジン(初代 4気筒 2585cc)と3速トランスミッション|T / M、2速トランスファー|T / Fを組み合わせていることからも判るとおり、BJ型以降のランクルと直接のつながりは無い。また、トヨタは、KYC型トラックと、それをベースとした水陸両用トラックの大日本帝国陸軍|陸軍「スキ」(1943年から198台生産)でも四輪駆動|4輪駆動(総輪駆動)車を手がけた経験があり、AK10型とは異なり、トラックであるこれらの構成はBJ型に通ずるものがある。
歴史
BJ、FJ型(1951年-1955年)
警察予備隊(現・陸上自衛隊)への納入を狙い、トヨタ・ジープBJ型として開発され、1951年に試作車が完成した。シャーシは小型トラックSB型のフレーム形式 (自動車)|梯子形フレームを改良して四輪駆動とし、エンジンは当時の6tトラック用に用いられていた6気筒OHV、3,400ccのトヨタ・B型エンジン (初代)|初代B型ガソリンエンジンを採用、トランスミッションもトラック用を流用した。粘り強く、出力に余裕のあるエンジン特性と、ギアリングが低いことから、トランスファーは1速で済ませている。「B型」エンジンを搭載した「Jeep」型車ということで、型式は「BJ型」となった。当時のトヨタには、ウイリス・ジープに匹敵する性能の4気筒エンジンがなかったため、やむを得ず大きな6気筒を搭載したが、そのことで、かえって強力になり、重量、燃費以外の性能では、当時のウイリス・ジープを凌ぐ結果となった。警察予備隊の試験には日産・パトロール|日産・4W60型も参加したが、入札の結果、三菱がライセンス生産するウイリス・ジープが採用され、他の2車は敗れた。アメリカ軍|米軍との間に密約があり、出来レースであったとの噂もあるが、第二次世界大戦での実績が示すように、ウィリス・ジープは軽量なうえ、トータルバランスに優れており、政治的な背景を差し引いても、頑丈さと強馬力だけが取り柄の、重く未成熟な当時のBJ型や4W60型には及ばない点が多い。トヨタとしては当初の目的は果たせなかったが、国家地方警察(国警:こっけい)のパトロールカーとして採用、納入され、好評を得ることとなる。基本型の「BJT型」(ツーリング)、無線連絡車の「BJR型」(ラジオ)、消防用シャーシの「BJJ型」(略号Jの意味は不明)の3タイプがカタログモデルとされ、その他の「変り型」は特装扱いとした。*1951年 8月1日、試作車完成。富士山6合目までの登山試験にも成功、路外でも優秀な成績を収めたが、警察予備隊の入札では、実績のあるウィリス・ジープのライセンス生産車である三菱・ジープに敗れた。*1953年、本格生産開始。シャーシ組み立てはトヨタ本社工場、車体および最終組み立てはアラコ|荒川鈑金工業。*1954年、高負荷運転となる消防ポンプ車用に、より強力なトヨタ・F型エンジン|F型エンジンを追加。これはB型同様大型トラック用のエンジンで、以後ランクルとは切っても切れない関係となるが、この時期はまだ、消防用シャーシ「FJJ型」専用であった。*同年6月、「ジープ」という名称が米国ウイリス・オーバーランド社(当時)の商標権に抵触するため、ランドクルーザーと改名された。英国ローバー (自動車)|ローバー社の有名な四輪駆動車ランドローバーに対抗し、ROVER(海賊、海賊船)を駆逐するという意気込みを込め、「巡洋艦」を用いての命名であった。
20系(1955年-1960年)
1955年8月、ランドクルーザーは初めてのモデルチェンジを受け、20系となった。
ホイールベースはショート(#J25、21等)と、やや長いミドルの(#J28、24等)の二種類でスタート、後にロング(FJ35V)が追加される。
ショート 2285mm
ミドル 2430mm
ロング 2650mm*エンジンは従来のトヨタ・B型エンジン (初代)|B型(初代)とトヨタ・F型エンジン|F型ガソリンエンジンで、ほとんどの車種に両方のエンジンが設定された。
B型(初代) 水冷 直列6気筒 OHV ガソリンエンジン 3386cc
F型 水冷 直列6気筒 OHV ガソリンエンジン 3870cc 120〜135ps/3200rpm 28.0〜30.0kgm/2000rpm
トランスミッションは4速マニュアル、トランスファーはセンタースルーの2速で、どちらもフロアシフトとされた。
ボディーのバリエーションは、ソフトトップ、ハードトップと、ピックアップ、バン、消防用シャーシとされ、後にロングの4ドア ステーションワゴンが加わった。これら以外の変り型については特装とされた。
ソフトトップ ショート、ミドル
ハードトップ ショート、ミドル
ピックアップ ミドル
バン ミドル
消防用シャーシ ミドル
ステーションワゴン ロング*国家警察用のパトロールカーをはじめ、ラインナップの約半数がFR|2輪駆動であることも20系の特徴であった。*この20系より各国に見本車を送り、本格的に輸出を開始した。特に北米では、市場に適合せず、評判の優れなかったクラウンに代わり、米国トヨタの経営を支えた。*モデル末期の1959年、輸出の好調を受け、ランクル初の本格ステーションワゴンが追加されることになった。ホイールベースはさらに延長され2650mmとなり、4ドアボディを与えられ、エンジンはF型とされた。形式は、20番台はすでに全て使い切られていたため、30番台でロングホールベースを表すFJ35Vとされた。40系へのモデルチェンジまで一年を切ったこの時期に投入されたFJ35Vは、実質的には40系のFJ45V(初代)の前倒し生産といえるもので、海外の旺盛な需要の前に、逼迫した当時の状況が現れている。40系(1960年-1984年)
1960年1月発売開始。20系のフルモデルチェンジ版として登場した。すでに20系が30番台の数字を使っていたため、型式は40とされた。1984年11月に70系にフルモデルチェンジされるまで、24年にわたり販売され続け、超ロングセラーモデルとなった。北米においても、1960年代前半まではトヨタの最量販車種であった[http://www.edmunds.com/insideline/do/Drives/FirstDrives/articleId=123006]。そのため、世界各国で業務用として今なお現役のものも多く、また、趣味の世界でも、「ヨンマル」、「フォーティー」などの愛称で親しまれ、多くの愛好家に大切にされている。*当初のコンセプトは、20系に対する北米市場の要求から、
トランスミッション|T / Mを4速からワイドレシオの3速に
シフトレバーの配置|シフトレバーをフロアからコラムへ(北米以外は従来の4速フロアと3速フロアも選べた)
トランスファー|T / Fを1速から2速へ(リアもセンタースルーからオフセットへ変更された)
T / Fレバーをフロアからインパネへ
ファイナル(アクスルデフ)のギアリングを高く(5.555から3.300または3.700へ)
エンジン特性を高回転寄りに
サスペンションスプリングをソフトライドに
ソフトトップの着脱を容易に
ラジエターグリルをフォード・モーター|フォード・トラック風のオーバル形に
など、主に高速走行を重視した快適性の向上と、乗用車の雰囲気を盛り込むことが設計の主眼とされた。*ホイールベース
:ホイールベースはショートの40と、やや長いミドルの43、ロングの初代45でスタート、後にフレームを300mm延長した、45(B)が追加され、その後、延長形に一本化され、45(2代目)に変更された。
ショート 2285mm
ミドル 2430mm
ロング初代 2650mm
ロング(B) 2950mm ロング2代目 2950mn ロング(B)を名称変更 *ボディーバリエーション
ソフトトップ ショート、ミドル、ロング(2代目)
ハードトップ ショート、ミドル、ロング(2代目)
ピックアップ ロング(初代)、ロング(B)、ロング(2代目)
ステーションワゴン ロング(初代)
消防用シャーシ ロング(初代)
キャブシャーシ ロング(初代)、ロング(B)、ロング(2代目)第1期
1960年1月生産開始。輸出が優先された結果、国内のハードトップモデル(バン FJ40V)は遅れて登場する。
遅れて45(B)シリーズ登場。荷台の狭さが指摘されていたピックアップトラックとキャブシャーシ用に、ホイールベースを2950mmとした、45(B)と呼ばれるスーパーロングが追加される。ピックアップの型式はFJ45PからFJ45P(B)に切り替わる。第2期
1967年7月55型の生産開始に伴い、4ドアステーションワゴンのFJ45Vは生産終了。同時にロングのホイールベースを2950mmへ統一、45(B)は再び、単に45と呼ばれることになる。同じ型式で長さと形態が異なるモデルが混在するため、趣味上の分類としては、1967年以前の45を初代、それ以降を2代目としている。
45(初代) W/B 2650mm
45(B) W/B 2950mm
45(2代目) W/B 2950mm
ショートのハードトップとバックドアを設計変更。屋根を鋼板プレスから繊維強化プラスチック|FRPのモールド品に変更。クォーターウインドウ、バックドアウインドウを拡大、リアコーナーウインドウを新設、後方視界の改善を図った。*1973年、海外向けのロングホイールベースモデル(2950mm 2代目45シリーズ)に、直6 3.6L 3576c OHV 90HPの、トヨタ・H型エンジン|H型ディーゼルエンジン搭載のHJ45を追加。) *1974年、トヨタ・B型エンジン (2代目)|B型(2代目)ディーゼルエンジンが投入され、長い40の歴史上でのターニングポイントとなる。
ショートとミドルモデルにトヨタ・ダイナ#3代目(1969年 - 1977年)|U10系ダイナ用として好評を博していた、4気筒、3000ccのB型(2代目)と呼ばれるディーゼルエンジンが搭載された。ディーゼル、4気筒共にランドクルーザーとしては初めてとなる。 BJ40とBJ43と呼ばれるこのモデルは、ファイナル ギア レシオをFJ40 / 43の3.700から4.111にたった1割下げた以外(実際、ピ二オンギアの歯数が一山少ないだけ)はT / Mも含めFJ40 / 43と同じであったが、ディーゼルエンジンの特性から、その走行性能はF型との馬力差(125PSと85PS)を感じさせない、遜色の無いものであり、4気筒のためエンジンの搭載位置が後退してミッドシップ#フロント・ミッドシップなど|フロントミッドシップレイアウトとなったことで、車両の重量バランスやハンドリングが改善される効果も生んだ。日本では小型登録(4ナンバー)できることもあって好評をもって迎えられたが、その優れた経済性と卓越した性能は、もとより備わっていた高い耐久性と相まって世界的なヒットとなり、販売台数は飛躍的に増えることとなった。 2種類のディーゼルエンジンの追加により、全てのボディータイプでディーゼルエンジンが選べるようになる。もともとはオイルショックが招いた流れではあったが、これ以降、ディーゼルエンジンはランクルの主流となって行く。*1975年1月
ワイパーのピボットをウインドシールド フレームの上部から下部に変更、ワイパーモーターカバーが車外に露出した。
ハードトップのドアを組み立て式サッシからフルプレスに変更。
それまで固定式であったリア クォーター ウインドウを引き違い式と後端フリップアウト式の2種類へ変更。換気性能が大幅に向上し、後席の快適性が改善された。*1976年8月アウターリアビューミラー(バックミラー)の位置がカウルサイドからドアに変更となり、国内ボンネット型車では初のドアミラーとなり、乗用車(1980年)より一足早い登場となった。その後、乗用車からの乗り換えユーザーが急増し、車両感覚がつかみづらいとの声が多かったことと、幌モデルでドアを取り外した場合、ミラーも一緒に無くなってしまうことから、1980年7月、国内モデルのみフェンダーミラーへ変更された。*ここまでをビンテージモデルとすることが多い。第3期 *1979年2月
ボディーを大幅に設計変更。大型プレス材を多用し、パネル枚数の削減と組み立て行程の短縮を図った。また、鋼板のゲージも下げられた(薄くなった)。
20系以来、室内に置かれていた燃料タンクを室外(床下)配置に変更し、油臭の解消と、懸案だった安全性と容量不足が改善された(65Lから95Lに拡大)。
法改正に合わせ前照灯|ヘッドランプの間隔が広げられ、ラジエターグリルもオーバルから短形になる。
日本国内のみ排ガス対策のため、ディーゼルエンジンをB型から3200ccの2B型に変更、型式もBJ41とBJ44となる。数字のうえではパワーアップであったが、進角特性の変更でマイルドな味付けとなり、燃費も若干悪化することになる。
フロント ベンチレーテッドディスクブレーキとリアLSDがオプション設定される。
室内のトリムカラーが黒からグレーに変更される。
ファブリック内装に対する市場の反応を見るため、初めての限定車が発表される(国内)。ボディーカラーはダークブルー、シートトリムはダークブルーとグレーの細いストライプであった。*同年12月バンパーなどのメッキ装飾や、トラック丸出しのリング式ながら白く塗られたホイールで差別化された外観と、室内には紅白のコントラストが鮮やかなファブリックシートを持った、「L パッケージ」が登場。ランクル史上初めてグレード設定となる。これ以降、乗用車からの乗り換えユーザーが一段と増えることになる。第4期 *1980年7月
:60系のデビューに合わせ、エンジン、T / M、T / F、ブレーキなど主要部品が60系と共通化される。
:ロングホイールベースのディーゼルエンジンをH型から6気筒、4000ccのトヨタ・H型エンジン|2H型と4気筒、3400ccの3B型に変更、60系と共通化され、それぞれHJ47、BJ45となる。B / 2B型も合わせて改良された。HJ47は主にオーストラリア(略号 ARL)に向けて、BJ45はそれ以外の地域向(欧州 = EUR、ジェネラルカントリー = GEN)けに広く輸出された。
:マニュアル・フリーハブが日本国内向けにも装備され、それを車幅内に収めるため、樹脂製スペーサーによりフロントフェンダーの取り付け幅が広げられる。日本国内向けのみフェンダーミラーとなる。*1981年5月限定車の第2段として「ザ・マイティー」が登場(国内)、通称は「マイティーBJ」、「マイティー ブラック」。ブラックのボディーにゴールドの子持ちラインを持った臙脂色|えんじのストライプと、えんじとグレーの室内トリムの組み合わせであった。*1981年8月インパネのデザインを変更。センタークラスタータイプとなるが、シンプルでクリーンな印象は無くなり、評判は芳しくなかった。また、日本国内でもラジアルタイヤが選べるようになり、回転突起物対策としてリヤフェンダーにエクステンションが追加され全幅が増す。パワーステアリングとタコメーター、専用の室内トリムを持った「LX」が追加される。*1982年2月最後の限定車となる「ザ・マイティー II」が登場(国内)。「マイティー BJ」と同様のカラー、トリムであったが、パワーステアリングとタコメーターを装備し、「LX」同様の装備となる。*1982年日本国内は排ガス対策で、エンジンが2B型から3400ccの3B型へ変更され、同時に噴射ポンプがボッシ
ュA型(列型)からボッシュVE型(分配型)へ変更となる。ショートとミドルの海外向けも含めた3B型エンジン搭載車の型式はBJ42とBJ46(B型搭載の海外向けBJ40 / 43と、3B型搭載の海外向けロングのBJ45は変更なし)。*1984年10月70系へモデルチェンジ。国内での生産を終了。55、56型(1967年4月-1980年7月) 乗用車ムードあふれるユニークなボディースタイル、4輪駆動車という特異な車であるにもかかわらず、乗用車を上回る安全性。高出力エンジンと理想的な車両重量配分と抜群の高速性能、と当時の解説書にはある。北米市場を強く意識したモデルで、ランドクルーザーシリーズとしては初めて、工業デザイナー(社内)によるスタイリングを採用している。北米でムース(ヘラジカ|へら鹿)とあだ名されることとなったフロントまわりや、大きくへこんだスライド式(電動、または手動の下降式)のリアウインドウなど、それまでの常識にとらわれない独特のスタイルとなった。しかし現場経験の無い若手が担当したことから、パネル割りに不慣れな部分が多く、生産開始後も、ライン上でハンマーによる修正が必要となり、品質が安定するまでには多くの月日を要する結果となった。北米の保安安基準に適合させるため、インストゥルメントパネルは発泡ウレタンのパッドで覆われ、ステアリングホイール中央にも大型パッドが設けられた(その後40系と共通の小ぶりのものに変更)。パワートレインは40系と全く同じで、125馬力のトヨタ・F型エンジン|F型ガソリンエンジンと、オフセット式の2速トランスファーに、シフトレバーの配置|コラムシフトの3速マニュアルトランスミッション|M / Tが標準の組み合わせで、オプションでフロアシフトの3速と4速M / Tが選べた。ファイナルレシオ(デフの減速比)は3.700が標準とされた。3速M / Tは1速とリバースがノンシンクロであった。その後、1969年にエンジン出力が130馬力に向上した。*1967年7月FJ45V(初代・4ドア)の後継車として登場。バックドアはスライディングウインドウ(パワーまたはマニュアルの下降式)を持つテールゲート(下開き)とスイングアウトドア(観音開き)の二種類が設定された。45(初代)で好評だった消防車用シャーシ(国内向け)も55ベースに代わった。
1972年4月ステアリングギアボックス|ステアリングギアをウオーム&ローラーからリサーキュレーテッドボール(ボールナット)に変更。
1973年2月バックアップランプを大型化し、輝度も上げられた。(安全対策)
1973年9月エンジンを無鉛仕様に変更。(環境対策)
1975年1月排ガス対策に適合させるため、全モデルが4200cc、135psの2F型ガソリンエンジンに変更となり、3速M/Tが廃止された。エンジンの変更で、型式認定の都合上、国内のみ形式がFJ56Vとなった。
1977年5月フロントドアガラスとサッシの前側の角の形状をR付きに変更(安全対策)。
1977年9月アウターリアビューミラー(バックミラー)が可倒式に、リアコンビネーションランプ(テールランプ)が縦長の大きなものになり、位置も低くされた(安全対策)。すでに60系の設計が始まっていたため、それに似た形状となった。
1979年4月ロッカーアーム、プッシュロッドを軽量化、ロッカーアームカバーを鋼板プレスからアルミダイキャストに変更。この改良は、次期モデルの60系に2F型を引き続き搭載するにあたり、騒音対策の一つとして行われたもの。エンジン音が乗用車風になったため、旧来からのファンを嘆かせることになった。北米以外の仕向け地についても、トヨタは55型にディーゼルエンジンを最後まで与えなかった。その点にこのモデルのポジショニングが良く表れている。より実用的なモデルが必要な仕向け地には、H型ディーゼルエンジン搭載のHJ45(1967年〜1980年 二代目FJ45と同じ、ホイールベース2950mmで2ドアのモデル)の各タイプが用意され、それを補っていた。当初の予定どおり、生産台数のほとんどが北米をはじめとする海外へ輸出された。
国内では、高価であったこと、小型車枠を超えていたこと、ディーゼルエンジンが無かったことがネックであったと言われ、販売面では振るわなかった。
まぼろしの50「系」
50「系」の開発計画は当初、ショートホイールベースの2ドアハードトップと、ロングホイールベースの4ドアステーション・ワゴンの二本立てであり、その時点では名実ともに50「系」であった。
2ドアモデルは1/10クレイモデルによるスタイリング検討まで行われており、このモデルが生産されていれば、FJ50型を名乗るはずであった。しかし、北米での販売が好調であったFJ40とのバッティングの可能性、販売価格、アラコ|荒川車体の生産能力などを考慮した結果、2ドアモデルの計画は中止されることになった。
現在50番台の55、56型が50「系」ではなく、「型」と呼ばれる理由はここにある。ちなみに、50「系」はブラジル・トヨタが生産する、ランドクルーザーのノックダウンから発展した「トヨタ・バンデランテ|バンデランテ(Toyota Bandeirante)OJ、BJ50系(1954年〜2001年11月)が名乗っている。
この区別はランクルに詳しい者以外にとっては非常に分かりづらいため、一般的には55、56「型」をまとめて50「系」、OJ、BJ50系は「バンデランテ」と車名で呼ばれることが多い。60系(1980年 - 1989年) 1980年、ステーションワゴン、55型の後継車種として登場。ガソリンエンジンは55型から変わらず6気筒、4.2Lのトヨタ・F型エンジン|2F型であったが、新たに6気筒、4.0Lのトヨタ・H型エンジン|2H型(国内は1982年から)と4気筒、3.4Lのトヨタ・B型エンジン (2代目)|3B型の2種のディーゼルエンジンが設定される。ステーションワゴンのラインナップに初めてディーゼルエンジンが加わった。消防車仕様は山間部を中心に配備されており、現在でも見ることができる。*1980年国内モデルのバックドアは観音開き(形式記号 C、カタログ特徴記号 VKC)のみ。グレードはビニールシートとセミトリムのスタンダード(STD)と、ファブリックシートとフルトリムの「G パッケージ」が選べた。*1981年10月
海外のみであった上下開き式バックドア(型式記号 M、カタログ特徴記号 VLS)を国内にも設定。
パワーステアリングを国内にも設定。
ソフトライドスプリングを国内にも採用。*1982年10月
国内モデルにも6気筒、4000ccの2H型ディーゼルエンジンを搭載したバン4000GX(HJ60V-MMZ ハイルーフのみ)が追加された。
5速M/Tを新設(ディーゼルモデルのみ)。
ハイルーフを追加(ディーゼルモデルのみ)。
GXグレードを国内にも新設(ディーゼルモデルのみ)。
電動リモコン フェンダーミラーをGXに採用(国内)。*1984年11月、70系のデビューに合わせマイナーチェンジ。
ガソリンエンジンを4000ccの3F型に変更。ショートストローク化とフライホイールの軽量化など、高回転寄りの設定となったことと、排ガス対策のため、力強さは失われた。
ガソリン車にも5速M/Tを設定。
リアバンパーを分割し、ステップを新設。*1985年10月
ディーゼルにターボモデルを追加。国内では最上級グレードのバン4000VX(HJ61V-MMZX)のみに限られた。2H型を直噴化した12H-T型を搭載した。このモデルにはデフロックがオプションで設定された。
4速A/Tを搭載(12H-T、2Hモデルのみ)。
サスペンションシートを設定(フロア形状変更)。*1986年8月
3B型エンジン廃止。
VXのトリムを変更。
1987年8月マイナーチェンジ。
コストダウンのため部品点数を削減。
収益性アップ(値上げ)のため見栄え向上をはかる。
ヘッドランプを角型4灯に変更。
インストゥルメントパネルを変更と同時にオーディオスペースを2DIN化。
国内にもワイドタイヤ(31X10.50R15 LT)とオーバーフェンダーを設定(バンVXのみ)。これらの変更は当時開発が進んでいた80への買い替えをスムーズに促すためのデザインとされた。*1988年8月ガソリンエンジンの3F型を電子制御化した3F-E型を搭載した、70ワゴンに続く乗用車登録モデルとなる、ワゴン4000VX(FJ62G-PEZE)を追加。*1990年1月生産終了。
:当初80系への切り替えは1989年の10月を予定していたが、新機構満載の80系はトヨタとアラコにとって、共に未経験の部分が多く、その解決に多くの時間を要すこととなり、その後11月に延期されるも生産立ち上がりは遅れに遅れ、最終的には年明けの1990年1月にずれ込んだ。そのため60系は同月まで生産が続けられることになった。70系(1984年 - 現在) ヘビー系
1984年11月、それまでの40系に代わりデビュー。しかし40系のデザインとはかけ離れていたため、日本国内においては非難される事も多く、海外でも「ランクルは女になった」などと言われた。
足回りは前後共にリーフ式サスペンション|リーフスプリングと車軸懸架|リジッドアクスルの組み合わせだったが、1999年のマイナーチェンジにおいて前軸のみコイルスプリングに変更された。
2007年3月オーストラリアを皮切りに、フロント周りの意匠を大幅変更した新型がデビューした。
これは新型のV型8気筒ディーゼルエンジン(4461cc、インタークーラーターボチャージャー|ターボ)を今までの狭いエンジンベイに収めるにあたり、余裕がなかったためと思われる。
ちなみに1984年のデビュー以降、フロントマスクの変更は3度行われているが、ボンネット全体が大きく変更されたのはこれが初めてとなる。
またWAGONが新たに設定され、かつては日本国内専用であったセミロングホイールベースが、再びカタログモデルとなった。なお以降の説明は日本国内向けを中心として行うが、一部海外向けの記述も時系列上載せている。*ホイールベース
ショート 2310mm (70,71)
ミドル 2600mm (73,74)
セミロング 2730mm (77,76)
ロング 2980mm (75,78 海外向けおよび日本国内消防用シャーシ)
スーパーロング 3180mm (79 海外向けおよび日本国内消防用シャーシ)
※78、79はライト系(プラド)セミロングと型式重複している。*エンジン
ガソリンエンジン
トヨタ・F型エンジン|3F (直列6気筒 OHV 3955cc 1984年-1989年 国内では消防用シャーシのみ)
トヨタ・FZエンジン|1FZ (直列6気筒 DOHC 4477cc 1990年-2006年 海外向けのみ)ディーゼルエンジン
トヨタ・B型エンジン (2代目)|3B (直列4気筒 OHV 過流室式 3431cc 1984年-1989年)
13B-T (直列4気筒 OHV 直噴式 過給器付き 3431cc 1984年-1989年)
トヨタ・H型エンジン|2H (直列6気筒 OHV 過流室式 3980cc 1984年-1989年 日本国内は設定なし)
トヨタ・PZエンジン|1PZ (直列5気筒 OHC 過流室式 3470cc 1990年-1994年)
トヨタ・HZエンジン|1HZ (直列6気筒 OHC 過流室式 4164cc 1990年-2006年)
トヨタ・HDエンジン|1HD-FTE (直列6気筒 OHC 直噴式 過給器付き 4164cc 200?年-2006年) 海外向け
トヨタ・VDエンジン|1VD-FTV (V型8気筒 DOHC 直噴式 インタークーラーターボ 4461cc 2007年-) 海外向け*ボディー
2ドアハードトップ#自動車部品としての「ハードトップ」|ハードトップ (ショート)
2ドア幌|ソフトトップ (ショート、ミドル)
2ドア繊維強化プラスチック|FRPトップ (ミドル)
4ドア試作車 (ミドル BJ73V改、74V改 リアドア形状は2種類ある 名古屋トヨタディーゼル店|トヨタディーゼルを通じて販売された)
4ドア (セミロング)
2ドアハードトップ トゥループキャリア (ロング)
ピックアップトラック|ピックアップ (ロング、スーパーロング)
キャブシャーシー (ロング、スーパーロング)
Image:Toyota Land Cruiser 70 002.JPG|HZJ73V ヘビー系 ミドル FRPトップ 4.2ZX(日本国内仕様)
Image:Toyota Land Cruiser 70 004.JPG|HZJ77V ヘビー系 セミロング バン 4.2LX(日本国内仕様)
Image:Toyota Land Cruiser rear 20071203.jpg|ヘビー系 ロング トゥループキャリアー
Image:TOYOTA Land Cruiser HZJ75-02.jpg|ヘビー系 ロング トゥループキャリアーはすべてハイルーフとなる
ライト系
70系のライトデューティー版派生種として、1984年11月に登場(日本国内は1985年10月)。エンジン、トランスミッション、デフなどをトヨタ・ハイラックス|ハイラックス / トヨタ・ハイラックスサーフ|ハイラックスサーフと共用、サスペンションとバネ|スプリングは国産4輪駆動車初の、4輪コイルリンク式サスペンション|リジッドとなる。仕向け地により、「ランドクルーザーワゴン」(日本国内)、「ランドクルーザー」、「ランドクルーザー II ( 2 )」、「バンデラ」の名を使い分ける。この場合の「 II 」は、「トヨタ・カローラII|カローラ II 」と同様、サブシリーズ(格下)の意味となる。*ホイールベース
ショート 2310mm (70,71)
ボディー
幌|ソフトトップ 日本国内向は設定なし
ハードトップ (メタルトップ)1990年4月、4ドア・セミロングボディーの追加に伴い、「PRADO」(プラド)のサブネームが与えられる。(以降はトヨタ・ランドクルーザープラドを参照)*ホイールベース
ショート 2310mm (70,71)
ミドル 2600mm (73,74)日本国内は設定なし
セミロング 2730mm (78,79)
※78はヘビー系ロング、79はヘビー系スーパーロングと番号重複している。*ボディー
幌|ソフトトップ 日本国内向は設定なし
FRPトップ 日本国内向は設定なし
ハードトップ (メタルトップ)*エンジン
ガソリンエンジン 日本国内向は設定なし
トヨタ・R型エンジン#22R - 2400cc|22R
22R-E
トヨタ・RZエンジン|3RZ-FE
ディーゼルエンジン
2L 日本国内向は設定なし
トヨタ・L型エンジン#2L-T - 2400cc|2L-T
2L-T II 日本国内向は設定なし
2L-TE
3L 日本国内向は設定なし
1KZ-T 日本国内向は設定なし
トヨタ・KZエンジン|1KZ-TE80系(1989年-1998年) ラジオ中継車
GX 観音開きバックドア
ランドクルーザー80
エンジンに、3F-E(1990〜1992)、1FZ-FE(1992〜1997)、1HD-T(1990〜1995)、1HD-FT(1995〜1997)、1HZ(1990〜1997)を採用1989年10月、60系がフルモデルチェンジされ、80系が登場。ボディサイズが一回り大きくなり、メインマーケットの北米やオーストラリア向けに開発されたモデルとなる。一番の変更点はパワートレインで60系のパートタイム方式から、センターデフロック付のフルタイム方式へと変更、但しバンの一部グレードにはパートタイム4WD(STD、GX)も用意されていた。サスペンションは、前後共にコイルスプリングを採用したリンク式サスペンション|リンク式リジッドアクスル。日本国内向けは8人乗りのワゴンと5人乗りのバンが用意されており、エンジンはワゴンがガソリン、バンはディーゼルを搭載していた。80系は見栄えの向上と装備の充実により、高級SUVへと性格が変化したモデルであったが、オフロード性能はランクルの名に恥じない走りを見せた。次世代の100系はオフロード走行に不向きな面もあるため、あえて80系に乗り続けるユーザーも少なくない。バンではキャンピングカーに改造された車も見られ、メーカー純正のキャンピングカー仕様車「アクティブヴァケーション」も設定されていた。バックドアは、STD(1989年〜1993年)とGX(1993年〜1998年)が70系同様、左右の幅が異なる観音開き、VXとVXリミテッドが上下開きを採用した。尚、STDにはオーバーフェンダーが装着されなかったが、GXについては後期型(1996年〜1998年)のワゴン及びバンのディーゼルターボに装着されていた。1995年にマイナーチェンジされた時は、テレビ及びラジオコマーシャルが放映された(CMソングは白鳥英美子が担当、使用車両はバンVXリミテッド)。オーストラリアでは、地元においてアトラクションツアー用に改造された、荷物室を窓1つ分延ばし、後ろの車軸を2軸とした、6輪車が存在した(後後軸にはデフは装備されていない)。
100系(1998年-2007年)
1998年1月、フルモデルチェンジで100系に。キャッチフレーズは「Made in Earth」。1999年1月、上級グレード「ランドクルーザーシグナス」を追加。: 80系同様にワゴンとバンの仕様があり、グレードは下からVX、VXリミテッド、VXリミテッド Gセレクション、そして途中追加されたレクサスレクサス・LX|LX470の国内版のシグナスがある。シグナスは4灯ヘッドライト、大径クロームメッキホイールという外観の違いがある。エンジンは、ワゴンには当時の国産車ではセンチュリーを除き事実上量産車最大排気量となるV型8気筒DOHC4700ccのトヨタ・UZエンジン|2UZ-FEを採用し、バンは4.2リッターディーゼルターボを採用。ミッションは4速オートマチックトランスミッション|ATだが、バンのVXには5速マニュアルトランスミッション|MTも設定された(2002年8月のマイナーチェンジを期に廃止)。月刊販売台数は常に2000台以上を維持しており、ライバル車の日産サファリ、三菱三菱・パジェロ|パジェロを大きく突き放し好調な売り上げを維持していた。2002年8月にマイナーチェンジを実施。ATが5速化され、エンジンの馬力向上、内外装が変更された。また大径アルミホイールをVX Limited G selection,VX Limitedに標準装備。バンVXは廃止された。又、バン全車は、同年10月より施行された「自動車NOx・PM法」の規制対象車となったため、規制対象地域では、購入する事が出来なくなった。2005年にはテールランプがLED化され、背面スペアタイヤが廃止された。これはミニバン全盛期となって1990年代のRVブームの時のような格好がもてはやされなくなったためである。平成17年排出ガス規制に適合しないことを理由に、2007年7月に日本国内向けの生産を終了し後の200系へとバトンタッチされた。80系との一番の変更点はフロントの足回りであり、コイル・リジッドサスからトーションバー・ダブルウィッシュボーン式サスペンション|ダブルウィッシュボーン式独立懸架サスへと変更、操舵方式もボールナット式からラック&ピニオン式へと変化を遂げ、より操安性重視となった。このことによりオフロードでの走行性能が下がったとの指摘が専門家やマニアたちの間であったが、油圧によるハイトコントロール機能などが設定されており「ランクル」ブランドの名に恥じることのない走破性能を維持していた。その内装の豪華さ、V8エンジンの静粛性は発売後から好評で、日本では「オフロードのセルシオ」と言われることもあった。アメリカ合衆国においては、所有者の収入|世帯収入の中央値が20万ドル(約2,400万円)以上[http://www.edmunds.com/insideline/do/Drives/FirstDrives/articleId=123006]という高級車となった。一方で前述のようにハイドロサスが装備されたり(Gセレクションには標準装備)、多くの機械が電子制御化されて本格派オフローダーとしては走行面での信頼性が下がった。また、高価格と人気を反映して、日本ではランドクルーザー100だけを狙った窃盗団による窃盗の被害が多発した。また、日本市場ではレクサス・LXのバッジエンジニアリング車が、「ランドクルーザー・シグナス」の名称で発売された。同モデルには、Gセレクションと同じ装備に加えレクサスLX 専用装備となる電動リアサイドガラスオープナー、エンジンフードやドア内部の防音装備の強化などが計られていた。コルゲーテッドロード(corrugated road)を多く持つオーストラリアからの強い要望で、80系のコイル&リジッドのフロント足回りを100系に移植させた「105系」と呼ばれるモデルが設定され、主にオーストラリア向けとして生産されていた。5MTとディーゼル(ターボ無し)のみの設定で、サイドガーニッシュも付いておらず「バン」を強く意識したモデルだったが、そのランクルらしいたたずまいを好んだ日本の愛好家には逆輸入を試みる者もいた。北米向けはLX470を含めライトデューティー仕様となっており、アイシンAW製の乗用車用4A/Tを積んでおり、その他の仕向け地用のアイシン精機製のライトトラック用4A/Tを持つものに比べ、重量が40kgほど軽くなっていた。後に5A/Tに変更されている。警察の機動隊には現場指揮官車などとして大量に導入されており、後部は左右非対称の観音開きドアを採用している。
Image:2002 Toyota Land Cruiser-100 01.jpg|後期型(2002年8月 -)
Image:2002 Toyota Land Cruiser-100 02.jpg|後期型リア
Image:Toyota Land Cruiser Paridaka.JPG|ラリーレイド仕様車
Image:Landcruiser100.JPG|前期型側面
200系(2007年 -) 2007年4月4日、先ずはレクサス版である「レクサス・LX|LX570」がニューヨーク国際オートショーにおいて発表され、同年9月18日にはモデルチェンジ (自動車)|フルモデルチェンジした200系が発売された。200系はレクサスのものとは外観が大幅に変更されており、歴代のランドクルーザーを意識させるデザインである。レクサスLX570はATが6速化され、ガソリンV8エンジンは車名が表す通り、2007年モデルのトヨタ・タンドラ|タンドラとともに発表された5.7Lの「トヨタ・URエンジン|3UR-FE」が設定された。日本国内向けの200系は100系に採用されていた2UZ-FE型をVVT-i化し出力を向上させたものが搭載される。ATは5速、ディスチャージヘッドランプやサンルーフは装備されてない。
Image:2007 Toyota Land Cruiser-200 02.jpg|リア
Image:Lc200interior.jpg|車内
販売店
トヨタディーゼル店(1957年-1988年)
1957年から1958年にかけて札幌市|札幌、宮城県|宮城、東京都|東京、横浜市|横浜、静岡市|静岡、名古屋市|名古屋、大阪市|大阪、神戸市|神戸、福岡市|福岡の9都市に販社が置かれ、1965年には埼玉県|埼玉、千葉にも設置される。
※東京トヨタディーゼルは1980年1月に解散されたため、以後は東京トヨタで販売。
※大阪トヨタディーゼルは1972年にトヨタカローラ大阪に組織変更されたため、以後は大阪トヨペットで販売。
※名古屋トヨタディーゼルは1989年にトヨタカローラ名都に組織変更されたため、以後は愛知トヨタで販売。
※福岡トヨタディーゼルは1970年にトヨタカローラ福岡に組織変更されたため、以後は福岡トヨタで販売。
※宮城トヨタディーゼルは1969年にトヨタカローラ宮城に組織変更されたため、以後は宮城トヨタで販売。
※静岡トヨタディーゼルは1969年にトヨタカローラ東海に組織変更されたため、以後は静岡トヨタで販売。
※札幌トヨタディーゼルは1973年にトヨタカローラ北海に組織変更されたため、以後は札幌トヨタで販売。
※神戸トヨタディーゼルは1970年にトヨタカローラ兵庫に組織変更されたため、以後は兵庫トヨタで販売。
※横浜トヨタディーゼルは1970年にトヨタカローラ東急に組織変更されたため、以後は神奈川トヨタで販売。
※埼玉トヨタディーゼルは1969年にトヨタカローラ新埼玉に組織変更されたため、以後は埼玉トヨタで販売。
※千葉トヨタディーゼルは1969年にトヨタカローラ京葉に組織変更されたため、以後は千葉トヨタで販売。
トヨタ店
トヨタディーゼル店が設置されなかった地域では、その地域のトヨタ店が登場時から取り扱っていた。
名古屋トヨタディーゼルが長らく存続していた都合で愛知県(愛知トヨタ自動車|愛知トヨタ)のみ1989年1月(60系/70系)から。
大阪地区でも大阪トヨタが取り扱っていたが、2006年8月8日の社名変更により、現在は大阪トヨペットで取り扱う。関連項目 *トヨタ自動車
アラコ
トヨタ車体
レクサス・LX
トヨタ・ランドクルーザープラド
日産・パトロール - 当初からのライバル
日産・サファリ - パトロールの後継車
トヨタ・FJクルーザー|FJクルーザー - FJ40をモチーフにしたSUV。2006年3月、北米で販売された
トヨタ・メガクルーザー|メガクルーザー
トヨタのエンジン型式一覧
トヨタのエンジン型式命名規則
ダカール・ラリー - アラコ〜トヨタ車体が市販車無改造部門に参戦。
サイドアンダーミラー - フェンダーに設置される補助ミラー外部リンク
ランドクルーザー200公式サイト
ランドクルーザーヘリテイジ (US)
ランドクルーザー200 ウェブサイト (オーストラリア)
ランドクルーザー70 ウェブサイト (オーストラリア)
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